期末発表と一年の振り返り
今学期の授業はとても楽しく、日本文化について多くのことを学ぶことができました。クラスでの自由なディスカッションもとても楽しかったです。 今学期の日本語の授業で一番チャレンジしたことは、スピーキングと漢字の読み方だと思います。 このクラスで日本語のスピーキングが上達したのはうれしいです! クラスメートの期末のプロジェクトはどれもとても面白かったです、みんなのプロジェクトにも印象を受けました。 来学期の日本語クラスがとても期待しています!!
スクリプト
私の発表は中国と日本の茶道の比較について話します。
中国が最初にお茶を飲み物として使った国です。日本のお茶は中国から船で日本に伝えました。調べてみると、中国と日本の茶道は大きく違いところがあります。 まず、中国茶は茶葉を使います、日本茶はお茶の粉末を使います。 中国では茶葉を使いますから、お茶の種類によってお茶を立てる技術が違います。 これに対して日本の茶道は、お茶を立てる技術より亭主と客のコミュニケーションや協調性の方が重視します。 例えば、日本の茶道では,亭主も客人も、その動作は一律の規範に従っています。亭主は茶室に入るとき、どちらの足を先に踏み出すか、畳の上を何歩歩くかを決めなければならないです。女性は紋付きの着物を着用し、Tシャツなどのカジュアルな服装は避けた方がいいです。日本の茶道は、お客様の気持ち、人間関係、心の豊かさ、そして娯楽としての意義を大切にしています。 亭主は、茶をたてる間の気遣いや集中力を通して、客人と心を交流させます。
中国茶には大きく種類は緑茶、紅茶、烏龍茶、白茶、黄茶、黒茶の6種類があります。 お茶の種類によって煎れ方が違います。 美味しいお茶を淹れるためには、多くの技術を学ぶ必要があります。 お茶を淹れる技術は、お湯の色、お茶の味、茶葉の香りに重点を置きます。 使うお湯の温度もお茶の種類によって違います。 中国の茶道と日本の茶道の最大の違いは、中国がお茶を飲むことを「芸術」と考えている対しています。その理由は、中国のお茶の作り方は芸術的な観賞性がありますから。そして、日本はお茶を「道」と考えていることです。この「道」はちょっと理解にくいですね。私の理解はこの「道」は心の修練だと思います。
個人学習の最終報告書
最終報告書のタイトルは日本の茶道と中国の茶道の対比ことだ。まず、なぜ私が茶道を選んだのかを説明する。 茶道とは、ただお茶を飲み、お茶を味わうだけのものではないである。 茶道には、お茶を飲みながらの生活鑑賞や美学もあるんだ。 私はパデュー大学で中国茶の授業を受けたとき、その授業で私は、茶道とはただ味の良いお茶を飲むことではなく、お茶を飲む過程で心を平静になて、お茶を通して自然の力に受けるようになることなのだと気づいた。 中国では、特に年上の人たちは毎日お茶を飲む習慣がある。 中国お茶の文化は、絵画や詩歌にも大きな影響を与えている。そして、 日本では茶道の芸術性が重視されている。 私が日本の茶道と中国の茶道を比較することにしたのは、主として茶道の儀式の違い、茶道の精神に対する理解の違いを勉強したいである。
次に、どしてこのトピックなのかを説明する。 世界で最初にお茶が伝わり、発見されたのが中国であったことから、茶道は様々な変革を経て現在の形になったのである。 お茶は中国から日本に伝わり、それぞれに発展と変化しながら、日本特別の茶道文化を形成してのことである。 概念的には、中国の茶道は日常生活のことを重視し、日本の茶道は非日常生活のことを重視する。 日本の茶道は社交の一形態として、亭主と客の協調を重視する。 日本の茶道はコミュニケーションを重視し、亭主と客の協調性を重視し、日本では亭主と客の相互尊重の秩序を茶の「道」と呼んでいる。 一方、中国の茶道は自然を重視することから、自然景観の良い山間部など屋外で茶会を行うことが多い。 私の研究プロジェクトでは、中国と日本の茶道儀式の表現方法の違いや、茶道について礼儀作法を研究する。
これまでの学習成果は、日本の茶道がどのように亭主と客をもてなし、互いにコミュニケーションをとって仲良くするのかを学ぶことであった。 日本の茶道に関するビデオを見ながら、とても面白いことを発見した。 日本の茶道は客の気持ちをとても大切にし、茶道が行われている間、茶室は客が楽しく感じられるように準備される。 例えば、部屋の温度は客にとって適度な涼しさや暖かさを感じられるようにし、エアコンのない昔であれば、想像力を使って涼しさや暖かさをイメージする。 茶室の壁に掛けられた軸には、その日のお茶のテーマが書かれていて、客が茶室に入ってその軸を見れば、茶会のテーマがわかるようになっている。 また、茶室には季節の花が飾られ、客を楽しませてくれる。 日本の茶道のビデオを見ながら、私はとても気持ちが落ち着くのを感じた。 自己の世界を探求することが茶道という儀式で実現され、そこから喜びと満足感が得られるという、日本の茶道が伝えようとしている哲学的なコンセプトである。 一方、日本の茶道の礼儀作法についても学んだことがある。 日本の茶道は複雑で厳格であるが、亭主も客も厳格なルールと手順を守る。 まず、儀式が始まる前に、亭主は茶器を赤い布で拭く。 そして抹茶をスプーン一杯取り出し、茶碗の中の抹茶をチャセンで混ぜ、最後に茶碗を揺すって客に渡す。亭主も客人も、その動作は一律の規範に従っている。亭主は茶室に入るとき、どちらの足を先に踏み出すか、畳の上を何歩歩くかを決めなければならない。女性は紋付きの着物を着用し、Tシャツなどのカジュアルな服装は避ける。日本の茶道は、お客様の気持ち、人間関係、心の豊かさ、そして娯楽としての意義を大切にしている。 亭主は、茶をたてる間の気遣いや集中力を通して、客人と心を交流させる。
それでは、中国の茶道はどう違うのだろうか。 まず中国では、茶道を学ぶ目的はお茶の作り方を学ぶことにある。 中国には大きく種類は緑茶、紅茶、烏龍茶、白茶、黄茶、黒茶の6種類がある。 お茶の種類によって煎れ方が違います。 より美味しいお茶を淹れるためには、より多くの技術を学ぶ必要がある。 お茶を淹れる技術は、お湯の色、お茶の味、茶葉の香りに重点を置く。 使うお湯の温度もお茶の種類によって違う。 中国の茶道と日本の茶道の最大の違いは、中国がお茶を飲むことを「芸術」と考えているのに対し、日本はお茶を「道」と考えていることだ。 中国茶の飲用は身体にとって重要であり、当初、茶は船を通じて日本に伝わったので、日本では当初、茶は貴族しか飲めなくて、貴族は礼儀作法にもっと注意してので、今日の日本の茶道の厳格な手順と礼儀作法が形成されたのである。
これまでの研究で苦労したのは、日本の茶道のビデオをたくさん見たこと、そして中国と日本の茶道を比較した論文を読んだことだ。 経験上、難しいところは特になかった。 まず、中国人の私にとっては、茶道の道と芸術についての違いを理解するのは簡単だと思う。 それから、茶道が日常生活で頻繁に出てくる芸術であるという基本的な理解があるので、個人的に勉強しやすく感じる。 少し難しくなったのは、日本の茶道のビデオを見るときだ。私が見つけたビデオには会話がなく、亭主だけが茶道をやっていた。 ビデオに登場するお茶を点てる道具の名前がまったくわからない。 今のところ私が知っている道具は、抹茶の粉とお湯を混ぜるのに使う「茶筅」だ。 「柄杓」はお茶を入れるお湯を汲むのに使う。 茶杓は抹茶を取るのに使う。 茶碗はお茶の出汁を入れるのに使う。 ビデオを見ながら、日本の茶道の手順について多くのことを学んだ。中には意図が理解できない手順もあったが、日本の茶道を見ていると、とても幸せな気分になり、茶道全体がとても優雅だ。ビデオを見ていて心が落ち着くが、これこそ日本の茶道が大切にしている「道」だと思う。 苦労したのは、中国の茶道と日本の茶道の比較に関する論文が少し長いことで、理解できない部分は翻訳プログラムを使って訳さなければならなかったことだ。 しかし、漢字の部分は理解しやすい。 一方、日本の茶道の「道」を強調する表現、たとえば「空白」や「無から有を見る」などは理解することに苦労した。 「無から有を見る」という概念を、茶道の中でどう理解すればいいのかわからない。 だから、私の茶道に対する理解はまだまだ十分とは言えない。 今後、日本の茶道の精神性をもっと理解できるようになりたい。
最後に、今の気持ちは日本の茶道を学ぶ過程で、今まで知らなかったことをたくさん学べたので満足している。この個人学習プロジェクトを始める前、私の茶道に対する理解は、茶室に行って美味しいお茶を飲むことであった。 子供の頃からお茶に触れる機会は多かったが、茶道の手順について学びたいと思ったことは一度もなかった。 毎回客としてお茶を飲みに行っていたので、亭主たちの立場になって客と亭主の関係を考えたことはなかった。 日本の茶道で一番面白いのは、茶道を通してのコミュニケーションだと思う。 それまで、亭主と客の関係について考えたことはなかった。 茶道の儀式が始まる前、そして茶道が進行している間、亭主は客にできるだけ気持ちよく、楽しくお茶を飲んでもらえるように努力していることを知り、私は感動する。 一方、客は着物を着ることで敬意を表し、自分が茶道をどれほど大切にしているか、亭主をどれほど尊敬しているかを亭主に気づかせようとしている。 私はこのような互いの気持ちを考え、尊重し合うという行動がとても好きだ。 また、茶室に行ってお茶を飲むときは、亭主の努力の成果を尊重するように最大限の努力をするべきだと、個人的な勉強から学ぶことができる。 私の将来の目標は、日本に行って本物の茶道を体験することだ。 将来、お茶を飲むときは、お茶のおいしさを味わうだけでなく、自分の心の世界を探求し、そこから静けさを得てみたいと思う。
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